2010年10月06日

犬と急性膵炎 入院2日目

命というものは儚いからこそ尊く厳かで美しい

トーマス・マンの名言です。

短い命だったけど精いっぱい生きたぼたんは尊かったと思います。
だからあんなにいつも光り輝くような笑顔をしていたのかもしれません。

だからぼたんの最期の軌跡をちゃんと残そうと思います。

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入院2日目

昨晩入院させたぼたんが気になりますが、電話がないのは少なくとも急変が無かったということですから、ちょっと良いしるしです。

昨晩から輸液ははじまっているはずですから、脱水症状はとれるでしょう。
少しは楽になると良いのですが。

昼休みに病院に電話を入れて症状を聞きました。
残念ながら朝とったデータは、昨晩よりも悪化しており、腎機能不全により乏尿の症状が出てきたとのこと。朝から20oリットルしか出ていないのです。
昨日見たクレアチニンとBUNの値から考えれば仕方がないでしょう。
それに対しては効き目の高い利尿剤にかえ、点滴を増やして対応するとのこと。

またエコーにより、腎臓、肝臓などの臓器は確認したが、そちらには外部損傷は見られない。ただ胆嚢の印影に欠損が見られるため、穿孔または破裂が考えられるから、取り除くためにERCP(内視鏡手術)を考えておいて欲しいという説明でした。

膵液は通常では不活性な状態にあり、膵管を通って十二指腸乳頭に到って胆汁などと混じりそこで消化酵素として活性化するのですが、何らかの刺激で膵液が消化酵素として活性化されてしまうのが膵炎という病態です。周辺腹部のみに炎症が留まるものから、遠隔臓器にまで炎症が飛び火する重症急性膵炎まで様々なパターンがあります。

残念なことにぼたんは全身に炎症が広がっているSIRS:全身性炎症反応症候群(SARS肺炎とは異なる)という状態で、見つかったときにはもう複合臓器が障害されている状態でした。

ただ難治性ではありますが、回復できる見込みが全くないわけではありません。多臓器が機能しなくなってしまうのは、急な浸襲に対し臓器が自己防衛のため機能を閉じてしまっていることが多いのです。

慢性疾患と違い、急性の場合は原因となる炎症臓器をコントロールすることが出来れば可逆性があるのです。

胆嚢が破裂または穿孔している場合は、膵炎が胆嚢の通過障害または胆嚢炎よって引き起こされているかもしれないので、取り除いてしまえば、それ以上反応は起こらず炎症が広がることを抑えることが出来る可能性があります。

胆嚢は肝臓から出る酵素を一時的に溜める器官ですから、取り除いても生命は維持することが可能です。

2時間後、勤務先に病院から電話があり、腎機能不全により麻酔手術を行うと覚醒しない可能性が高いため、開腹も内視鏡での手術は適応できないとのこと。
今出来ることとして、腹膜還流(腹膜透析)と、局所麻酔下でドレナージ(貯留している体液を管を通して排出すること)を行い全身状態の改善に努めるという説明。
腎機能が落ちると、体外に毒素を排出できないので使える抗生物質や薬剤も
限られてしまいます。少しでも全身状況を良くするにはもう透析しかありません。

少しでも改善が見られれば良いのだけど。。。一縷の望みを託し治療に同意。

会社が終りしだい病院へ。
ぼたんは尻尾をパタパタ振りながら歩いてきました。幾つか管がぶら下がっているはずなのでガラス越しの対面になるだろうと予測していたのですが、一旦抜いてくれたようです。
新たに設置されたドレーンだけがぶら下がってました。
出されたデータを見ると、治療はほとんど効果は上っておらず、悪化の一途を辿っているのがわかりました。

それでもぼたんはパタパタ尻尾を振り、いつものように擦り寄ってきました。
私が来たからもう帰れると思ったのでしょう。戸口の前に座ってじっとこちらを見ています。「大変だったね」といって撫でると笑って尻尾を振りました。

腹膜還流が施行されていましたが、まだ効果は現れていないとのこと。出血傾向が強まっているので、今後は消化管からの出血、神経症状にも注意してゆくという話でした。

とにもかくにも生きているぼたんに会えたのは幸いです。
透析がはじまれば腎臓の負担が減り、残存機能の回復が見込めます。
腎臓が回復すれば少なくとも、毒素排泄がされるので今より改善されるはず。

肝機能障害もひどくなってはいましたが、肝臓は予備能力の高い臓器です。
多少ダメージを受けても、急性なら一時期のショックを乗り切れば回復の
機会がないとはいえません。
何とか悪い中でも良い方へ向かう材料を探しました。

ただ出血傾向(DIC)が強くなっていることは出血しやすい上、一度出血
すると止血ができないということ。血中酸素濃度も落ちてきていました。
何もかも生命を維持するシステム、全てが崩壊しかかっていました。
明日またぼたんに会えるだろうか?

涙が出そうになりましたが、私が信じなければぼたんだって頑張れません。
何時までも触れていたかったけど、長く外に居ると危険です。
「次は一緒に帰ろうね」と言って、ぼたんから離れました。
5分ほどの対面でぼたんは看護士さんに抱え上げられ、連れていかれました。
昨日はワンワン吼えて抗議したけど、今回は諦めたかのように大人しく退場
しました。

明日は朝から夫が会社を休んで、ぼたんを面会することになっています。
今日のように一人ぼっちではありません。ストレスも多少なりと軽減される
でしょう。

私からはもう先生に対して何も言うことがありませんでした。


ニックネーム てんてん at 00:07| Comment(2) | 健康 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ものすごくご無沙汰していて、ひょっこりお邪魔して
この記事のタイトルをみて本文を少し読んで・・・
「短い命だったけど」って何?
ぼたんちゃん?
遡って記事を拝見したけど、とても信じられません!
どうして??

せれママさんが一番楽しみだったのは違いないと思いますが、
私もこれからのぼたんちゃんとせれママさんの活躍が楽しみだった。
長年一緒に暮らしたコとの別れも勿論辛いのだけど、
まだまだこれから、と思ってるコに先立たれるのもどれだけ辛い事でしょう・・・。

今年は何だか私の周りの犬友達の、大切な大切な愛犬達が何頭も虹の橋を渡って行ってしまってる・・・。
でも、どれだけ沢山のお別れの話を聞いても、何とお声をかけていいのか未だ見つけられず、月並みな言葉しか出て来ない事を許して下さい。
ぼたんちゃん、頑張ったね。お疲れ様。
またいつかせれママのお家に帰って来てね。
それまでは安らかに。
ご冥福をお祈りします。
Posted by のっち at 2010年10月07日 18:31
のっち>

丁寧なお悔やみありがとう。

そうなんだよね。ぼたんは、若いがゆえ一番沢山未来と可能性を夢見ることが出来る犬だった。
可能性に満ちた子だったのに。
これから何もかもが始まるはずだったのに。
きちんと向き合う時間もほとんどなく、沢山の思い出を作る前にぼたんを逝かせてしまった。

すごく辛くて溜まらなかったです。
こんなことになるなら、病院に連れてゆくんじゃなかったとか、自宅で看取れば良かった。
連れていったときには、もう何時何が起きてもおかしくない状態だったから。
でも自宅だったらもっと早い段階で、旅立たせてしまったかも。
帰宅したときにそれを見つけたら、万全を尽くさなかった自分をもっと責めたと思うのです。

一番悪いのは見落としした自分のせい、健康だという思い込みでいつも見てたから目が曇っていたのかも・・・
でも同じことを繰り返してもやっぱりわからないかもしれない。
仮に1日前病院に連れていったとしても、症状の出ていない犬をどう説明すればよかったのか。

いろいろ考えたけど、ぼたんは苦しんでいるところを見られたくない犬だったのかなと思います。
面会したときもいつも笑って尻尾をふっていたし、夫が亡くなる直前面会したときもやはりそうだったんです。
先生たちはあの状態で立ち上がって歩き、尻尾を振るというのは予想もしなかったと言っていたので。

我慢強いのか、強がりなのか、弱みをみせたくなかったのか。

今はいつも笑顔の姿を私たちの記憶に残したかったのかなと思うようにしてます。
実際苦しんでいる姿を一度も目にすることが無かったので。
苦しんでいて、それを楽にしてやることも出来ず、為すすべもなく見ているだけなら私たちはもっと辛かったでしょう。
だから本当に飼い主孝行な犬だったのだろうと思います。
Posted by せれまま at 2010年10月08日 21:58