2009年06月29日

十二単の着付けA

今、重ねの名称を見ていて、「山吹重ね」と思ってたけど、薄く黄色を重ねてゆくのは「萌黄の重ね」になるのかな?う〜ん。

重ねは通年通して着れるものと、その時期だけしか着れないかさねがありますが、当時の女性たちもいろいろなあわせを着て楽しんでいたそうですから、今回のもバリエーションの一種なのかも。

唐衣は青(若草色)です。

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そしてスカートに当たる裳をつけます。
もともとはスカート状に全体を覆っていたのですが、前がだんだん短くなって、後ろにひきずる装飾的なものとなりました。さらにひれの名残もついています。

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最後に女性の威儀を示す檜扇を持って出来上がり〜

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扇は39枚あって結構重い。

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百人一首でも扇で顔をおおっている女性を見るが、これは当時の化粧品である白粉があまり出来の良いものでなく、薄付するのが難しいうえ、厚塗りするとバリバリひび割れてきたりするので男性に、マジマジと顔を見られたくないという事情も関係していたらしい。


ニックネーム てんてん at 01:15| Comment(4) | 奈良 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
とても興味深く読ませていただきました。
なるほど、当時の夏は今ほど暑くなかったのでしょうか?
こんなに着込んでしまうと、汗だらだらでしょう、
そのせいで白粉もはげ落ちたのかもしれない、
オシロイバナの実から作るやつなのですか?
5ミリづつ、、当時はクジラ尺?和裁はとても難しいと聞きます。
トイレはたいへんだったろうし、あら、下着は、
パンツなんかなかったろうし、、いろいろ疑問がわいてきます。
現代の細身の体型ではちょち似合わない気がしました。
しかし、とても美しいですね、こんな素晴らしいニッポン、
改めてディスカバージャパンです♪
Posted by kindo1959 at 2009年06月29日 11:43
綺麗ですね〜ぴかぴか(新しい)
うっとり・・・ハートたち(複数ハート)
でもこの時代の方達は
大変だったでしょうね・・・
凄く重そうだし暑そう・・・顔(汗)
光源氏思い出しちゃいました!
漫画良く読んだなぁ〜
懐かしい・・・ぴかぴか(新しい)
Posted by てん&かいママ at 2009年06月29日 21:50
kindo1959 >

夏はエアコンが普及していない分、今ほど暑くはなかったとは思うのですが、京都の夏は盆地特有で湿気が籠ってやはり暑いです。
お貴族様たちは庭の池に釣り殿とか設けたり、涼しい山へ避暑に行ったりしてたようです。
少し離れた比叡山ですら、下界より5℃ぐらい低そうですもの。
白粉は、鉱物系と植物系があって、このころ多く用いられたのはオシロイバナの実と澱粉を混ぜたものらしいですから、ノリが良いとは到底言えないでしょうね。
でも当時の貴族の社交は”夜”ぴかぴか(新しい)がメインですから、女性は夕方になると気合を入れて塗りなおしたようです。
おトイレはたしか重箱みたいな箱だったんじゃないかな〜。蒔絵や螺鈿で細工してあったりしてなかなかゴージャスなお丸です。
几帳を四方に立てかけて、居室でするそうですが袴など全部とってしまって、髪は女童などが抱え上げておくみたい。冬は寒いかもね。

あっ、細くても小さくても、さすがに日本人のための衣。後ほど何人か、上着だけ着せてもらってましたが皆よくお似合いでした。
Posted by せれまま at 2009年06月29日 23:52
てん&かいママ>

綺麗でしたよ〜、このモデルさん自身が綺麗なこともあり、周囲はぐるりと十重二十重にカメラの列が囲み、レースクィーンの撮影会みたいな有様でした。
着ている衣は暑そうだけど、当時は柔衣という薄手の細い糸で織った衣もあったようです。源氏物語では夕霧の奥さんの雲居の雁が夏の夕涼みでうとうとしている場面で着ている衣装がそうです。
あくまでホームウェアだけど素肌などもちょっと見えるぐらいだったから、かなり薄手だったんじゃないかな。
Posted by せれまま at 2009年06月30日 00:01