2009年06月29日

十二単の着付け

十二単は春夏秋冬、季節や行事によって様々な「かさね」がありますが着る人なりによって様々なアレンジがあり当時の女性の大きな楽しみでした。

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『栄華物語』にはある女房はかさねに凝り、通常よりも多くの衣を重ねたが衣の重さのために歩けなくなったほど。動けなくなったのもどうりで、五衣のかさねでも8キロ。平安時代のころは制限なしでしたから、20キロぐらいになることもあったらしい。武家が身につけている鎧かぶとと変わらないぐらいです。

身動きが重いものだから、物語で頻繁に女性がよよと倒れたり、息も絶え絶えになったりしますが、それも道理ですね。

かさねは袿の上下グラデーションにかさねると「襲(かさね)」といい、表地と裏地で色を違えることは「重ね(かさね)」といいます。有名な「梅重ね」(むめがさね)は淡紅梅(淡蘇芳)下より淡く・同・紅梅(蘇芳)・紅(紅)・濃蘇芳(濃蘇芳)・濃紫。下につけた衣の色がすかして上に映るところに見所があるとされます。

今回は春から初夏にかけての装いですから「山吹の重ね」。源氏物語では「玉鬘」がつけていた若い現代風の女性の装いです。

では、着てゆく順を追って写真を出してゆきますね。

まず単を着ます。山吹のイメージですから今回は若葉をイメージさせる色を一番下へ。

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山吹の重ねです。グラデーションで濃くなってます。仕立てるときは袖口から5mmづつ見えるように、下から上の衣にゆくにつれ小さくなります。仕立ての人の腕とが問われるところ

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5枚重ねが主流ですが、夏は暑いので三衣もあるしお洒落さんは20枚重ねた例もあります。

そのうえに打衣(うちぎぬ)をきます。
これは袿の一種を砧で打ってすべりをよくしたもの。上に着る表着のすべりを良くするためのもの。

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表着
一番うえに着るのでこう呼ばれます。下に着た単、五衣、打衣が隠れないように少し小さめ。身分の高い人は二倍(ふたえ)にして作り、裏地が表にはみ出すように着ます。

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上着は正式なときはさらに唐衣を着ます。

ニックネーム てんてん at 00:25| Comment(0) | 奈良 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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